100年後の横浜

今朝の雨から一転して、夏のような日差しとなりました。
真っ青な空に、真っ白なYCCに眩しさをおぼえた中川です。

なかがわコトですが、昨日はそのYCCで開催されました、
「東横線跡地利用について」のディスカッションを聴講させていただきました。

100年後のまちについて、イメージはございますか?

横浜では「都心臨海部・インナーハーバー整備構想」という、
臨海エリアを中心に横浜の50年後を踏まえた都市の構想が考えられています。

その一つとして、東急東横線の旧高架が残る「横浜」~「桜木町」駅間の、
跡地利用について、議論が重ねられています。
先日の日曜日に、中川が歩いてみました「東横線」高架のお話です。

昨日は東京大学羽藤先生の学生のみなさん、
横浜市の方々、建築のご関係、地元の方々が参加し、
学生の方からのご提案から、様々なお話が展開されました。

「横浜」~「桜木町」の高架は約1.8キロ。
横浜駅を下ると、すぐにかつての運河を通ります。
この地点は、高架と水辺が接する地点です。
この場所には、「水辺」「運河」「高架」という、水や高低差の要素を引き出すべく、
クレーンで人々を上げ下げしてみる、水辺のレストラン、
アーティストや職人さんの工場など、様々な提案が展開されました。

続いて、桜木町までは、延々と高架がつづき、
この「線」のような場所の結節点は、「バス停」。
かつての「電車」の線路から、バスを用いて、方々へ移動、すなわち結節します。

またこの周辺の地域は、
東にみなとみらいの新しい計画的な町、
西は戸部や野毛などの人々の生活が古くから息づく街です。
地形や暮らす人々のライフスタイルも異なる町が、
この高架を境に広がっています。

「高架利用」は国内や海外で様々な事例がみられ、
「銀座」のコリドー通りは、中川もウキウキするような、
人々を楽しませる一角です。

でも、人工物、人々が活動する場所は建物や活動維持が欠かせません。
100年後やこれからの100年間を構想しますと、
この高架は損傷もみられ、100年後まで維持できるとは考えにくいものです。
そこで、上げられた提案は、「積極的に活用しない」ということ。
高架の活用のために、改めて手を加えるのではなく、
「高架」などの人工物は取り払って、
木々を植えこみなど、「自然」の力で、
この部分を活用するという案でした。

100年後の横浜を考えると、
人工物であるビルやインフラの状態に疑問がありますが、
木々などは、大きく成長した姿は思い描くことができました。
もちろん、人工的な植栽ですので、維持管理が必要でありますが
東横線跡地が青々として木々が並んだとしたら、
気持のよい風が野毛や戸部の方へも流れゆくのかなと思いました。

100年後の横浜は、どんな横浜でありたいですか?

中川の提案は、先ほどの水辺空間に「住んじゃいませんか??」というもの。
電車の線路が多く、とってもうるさいけれど、
そのうるささも、なれれば都市の一部に自分がいる自己満足になります!という、

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ふざけたもの。
学生時代、なかつー先生や、のぶはる先生に教わったのに、こんな提案になってしまた。

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このページは、北仲スクールが2010年6月16日 21:16に書いたブログ記事です。

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